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Cafeたねのキヲク-前編-

誰かとCafe たねの話になれば、訪れたことのある人は決まって、「いいお店だよね」「おいしいよね」「ご夫婦がいいよね」「雰囲気が好き」と褒める。Cafe たねが伊那谷で紡いだ物語。まちの人に愛された、Cafeたねの記憶の記録。

「一粒のたねを、みんなに育ててもらえるようなお店になりたい」
愛に満ちた夫婦が営み、まちから愛されてきたカフェ
 

伊那市駅からすぐ、中心市街地にあるレトロな看板建築が特徴的な「通り町商店街」から一筋入った裏路地。「Cafe たね」と書かれた小さな看板が目印で、道路に面した窓からは、温かみを感じる空間が広がっているのが見えた。

 


 

Cafe たねを営んできた加藤夫妻の優しい人柄を、そこら中から感じるお店だ。軒先で売っている地元農家さんの野菜、テーブルや壁に飾られた野の花、木の風合い、暖かな色の照明、手作りの優しいランチプレート、ハンドドリップのコーヒーの音、さりげなく飾られた地元作家さんの作品。
 

誰かとCafe たねの話になれば、訪れたことのある人は決まって、「いいお店だよね」「おいしいよね」「ご夫婦がいいよね」「雰囲気が好き」と褒める。
 


 

2016 年12 月に、現在の場所にオープンして 4 年8ヶ月。元うどん屋さんをセルフリノベーションした、カウンター席と4卓のテーブル、ギャラリースペースを併設した小さなお店。
 

「一粒のたねを、みんなに育ててもらえるようなお店になりたい」。そう願って付けられた店名のように、まちの人から愛されてきたお店が、2021年8月28日をもってこの場所での営業を終え、移転することになった。
 

 

 
 
「こっちに、くりゃいいじゃんか」
20年前、夢だった田舎暮らしを後押ししてくれた言葉
 

Cafe たねのご夫婦、加藤博さんと敏江さんは東京出身。2人の子供に恵まれた一家は、プラントの設計や施工などの仕事をしながら家計を支える博さんについて、関東を転々とする生活を送っていた。
 

敏江さん
“夫の博が、田舎暮らしに憧れていたから、いつかは田舎暮らしをするんだろうなと思っていました。博は仕事が大変そうで、このまま続けていたら、だめになってしまうのではないかと感じて、移住先を探すようになりました。子供たちと一緒にステップワゴンに乗って寝泊りしながら、当て所もなくあちこち見て回りましたね”
 

敏江さんは、ご主人のことを博って呼ぶ。それがとても微笑ましく感じた。(博さんは「敏江さん」って呼んでいました)
 

 

 

まだ、移住情報も少なく、インターネットも普及していなかった頃。たまたま、隣まちの駒ヶ根市の情報に行き当たり訪れた。その帰り道に立ち寄ったのが、伊那市高遠町のパン屋「野良屋」さん。実家の東京に近く、好きな山にも近ければいいとは思っていたけれど、まだ具体的ではなかった移住計画は、野良屋さんとの出会いから急に動き出す。
 

敏江さん
“野良屋の塩田さんが、空き家情報を教えてくれたり、空いている建物があればまちにかけあってくれたり。本当にさんざんお世話になりました”
 

博さん
“塩田さんが「こっちに、くりゃいいじゃんか」って、背中を押してくれたから、じゃあ来るかなって決心できました。住むと決めた高遠町藤澤にある千代田湖が大好きで、最初に見た時は「なんて素晴らしい場所なんだ!」と感動しました。無風の時は鏡みたいになる。山も好きだから、中央アルプスも南アルプスもあるし。仙丈ヶ岳が見えるのも、「あーいいなー」って”
 

移住を決めた一家。上の子が3年生、下の子が年中の時だった。「まずは、日常をまわさなければいけない」と、博さんは仕事を探し始め、電気工事の資格を活かせる会社で働き始めた。一方敏江さんも、地域の人から声をかけられて饅頭売りを始めた。桜のまちとして有名な伊那市高遠町には、名物の「高遠饅頭」があり、ピーク時は20万人もの桜の見物客が訪れていたので、繁忙期のお手伝いとして声がかかったという。 
 

他にも敏江さんは、高遠町から茅野市に抜ける杖突峠にある「峠の茶屋」のアルバイトや、「国立信州高遠青少年自然の家」で行われていた草木染めのサポートなど、地域から紹介される仕事を色々と経験した。
 

 

 
「この人たちとの出会いがあって、今の私たちがいる」

田舎暮らしで見つけた豊かさを、リトルプレスで表現する

 
博さんの気持ちを汲み取って移住を叶え、地域にもすっと馴染んでいった敏江さん。それでも、3年くらいは気分が沈む日々が続いていたそう。「田舎暮らしとはこうあるべき」と、自分が描いた理想通りにできなくて苦しんでいたのかもしれないと振り返る。
 

敏江さんの世界が変わり始めたのは、人とのつながりからだった。最初に住んだ家の隣には、2組の移住家族が住んでいて、お互いの家で飲み明かすような濃密な時を過ごしていた。「この人たちとの出会いがあって、今の私たちがあるといってもいいくらい、影響を受けました」と敏江さんは力を込める。
 

敏江さん
“その中のひとりだった今枝真緒さんが、色々と楽しいことを知っていて。例えば、邪魔者にされるような葉っぱの葛を採ってきて、煮て、灰をかぶせて、腐らせて、繊維を取るのを一緒にやろうとか、いろいろ誘ってくれて。そこから「わー、田舎って楽しいなー」と思うようになりました”
 

真緒さんとの出会いがあった頃、高遠の山里にある分校跡を改装して作られた「分校館」という当時は宿泊施設、現在は天然酵母パンとカフェを営む、東修子さんとの出会いもあった。3人とも雑貨やおいしいものを食べにいくことが好きで、共通項を感じ意気投合。当時も人気雑誌だったKu:nel(クウネル)みたいに、「地域を紹介できたらいいよね」と3人はリトルプレス「きっと」を創刊することになった。
 


 

知り合いの伊那谷の作家さんやおもしろい取り組みをしている人たちを取材し編集。「初めてさわったソフトもすぐに使いこなせてしまう」と敏江さんが評する真緒さんが、レイアウトを担当。真緒さんと修子さんが主に執筆を担当する傍ら、地域からの寄稿文も集めた。敏江さんは、東京の神田の本屋に飛び込み営業をして本を置いてもらう交渉をするなど、主に広報を担当。さらに時には、博さんが得意のカメラを、今枝さんのご主人がイラストを担当したりと、ご主人たちも巻き込まれながら、楽しい活動は続いた。
 

そして、この「きっと」の活動が、「Cafe たね」オープンへとつながっていく。

 

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写真: 久保田 里香 文: 田中 聡子

 

 
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